「FFマンションの大規模修繕・初期体験記」
FFマンション管理組合理事長・理事長M・T
正月に引いたおみくじがよくなかったので、何かあるなとは思っていましたが、1月の役員会で私が住まうFFマンションの管理組合の「理事長」を押し付けられてしまいました。4階建て60戸のマンションで個数が少ない1階のみ1人、その他は各階で2世帯計7人が役員となります。2年交代の輪番制なわけだし、それ自体は避けて通れるような規模ではありませんから仕方ない。それに、「理事長」と言っても無報酬で行うボランティアだから、普通なら大した責任を問われることもないのですが、今回の「理事長」はちょっと違うのです。マンション初の「大規模修繕」という期間にピッタリとはまり込んでしまうのです。
私は結構な残業もこなすサラリーマンであり、時間的に拘束されるのも嫌なのですが、もっとも辟易とするのは、マンション内の人とほとんど話したことがないのです。知らない人ばかりの先頭に立って、そんな大きなイベントをまとめるだなんて、考えただけでもゾッとする話だったのです。
それにしても、普通なら、管理会社さんが色々と世話を焼いてくれるのでしょうが、わがマンションの場合はそうはいかないのです。実は去年、管理会社さんが大規模修繕の計画書を揃えて下さったのですが、前の管理組合の役員たちはちょっとへそ曲がりなお年寄りが揃っていたせいで、「その工事は必要ない」「まだ新しいのにもっと先でいいだろう」「どうせ管理会社が儲かる仕組みなんだろ?」みたいな話で、さんざん管理会社の担当の方を困らせた結果、「ご自分達でどうぞ」といった感じでサジを投げられ、担当者も変わってしまったのです。彼らはサジを投げられ、私は火中の栗を拾うことになったのです。
私は、着任早々から大規模修繕のために動き始めねばなりませんでした。「大規模修繕」に関する知識が全くなかったので、仕事の合間に本屋に出向いたり、ネットで調べたりして、どういう手順で何を行うべきなのかを学びました。手法としては、大規模修繕委員会を作って前回の役員たちに責任を取らせようかとも思いましたが、どうせ揉め事が絶えず、実質的な計画が進まないだろうと思い、他の手法を探すことにしました。新しい理事たちと話すとも理事会の席で、また非公式な形ですが、少しずつやり取りしているうちに少しずつ本音で語れるようになってきました。
その話の中では、大規模修繕を進めるにあたっては古豪の前役員たちが障害になるのではとの懸念の声が多く聞かれました。そこで、3月になると私は、彼らを一人一人訪問して、顔を立てながら、管理会社の担当とのやり取りの始終についてもどのようなものであったか、詳しい経緯を聞いて回りました。私としては、これまでなるべく避けたい親世代のおじちゃんたちでしたが、話してみると気さくな一面も多く、子供たちのことも暖かな目で見てくれていることが分かり、新しい発見もありました。
次には、彼らには内緒で管理会社を訪ね、現在の担当者と前の担当者とも会い、事情を聴きました。前の担当者は、ひと悶着あったわけですから、私とも面会を拒否するのではないかと思っていましたが、最後には最初の頃の硬い表情も和らぎ色々と話してくれました。
分かったことは、まだ初回の大規模修繕にも関わらず、管理会社が修繕積立金の不足する可能性を指摘したことを受け、役員の誰かが管理会社には中間搾取する会社もあるという記事を読んだとの話から、全役員が不信感を募らせて疑心暗鬼に陥ったことが揉め事の発端のようでした。
管理会社の前担当も、すでに自分ということではなく、会社そのものが疑われているだろうから、日常管理だけで大規模修繕には携わらない方がいいと話しました。ただ、こっそり裏で協力はしてくれると言い、施工会社を紹介してもいいしそちらで探してもいい、その前に第三者に頼ってはどうかなど、あれこれとアドバイスをしてくれました。
親切な対応で、申し訳ない話です。前担当者は、40歳代で十分な経験も持ち、フットワークも軽く、明るい性格で、かなり慕われていたのになあと昔を思い返しました。同時に、実に「金」というのは怖いものだと痛感しました。そして、下手をすると「金」は私にも災いをもたらしかねないと痛感しました。プレッシャーが双肩に圧し掛かる思いでした。
そこで、すでに大規模修繕を終えた近所のマンションで、元理事長をやっていた知り合いのAさんがいたので経験談を聞きに彼を訪ねました。
このマンションは、ウチの2倍くらい古く、すでに過去2回の大規模修繕を行っており、2回目の一大イベントを昨年に終えたばかりでした。なんと、1回目の大規模修繕の時から管理会社に頼らず、ご自分達で大規模修繕を行ってきたとのことでした。そして、専門の設計会社と施工会社を自分達で見つけて依頼しているとのことでした。
また、1回目の時に指摘を受け、修繕積立金を見直したそうで、そのため設計会社に長期修繕計画も見直してもらっていたとのこと。当方と同じ、まんま参考になる話ではありませんか。流れるようなシナリオだと思いました。設計会社を入れたことで、客観性が保たれたことから、このような結果になったのだなと確信しました。
私は、そこまでの経緯を理事会で現在の役員に伝えると共に、「大規模修繕勉強会」と称する臨時総会を開いて、先ほどのAさんを講師に迎え、私が聞いた大規模修繕の体験談を話してもらうことにしました。Aさんは、同じ私と同じアラフィフとは思えない落ち着きがあり、人格的にも素晴らしく、話し方が非常に上手な人間です。話が分かりやすかったので、実は訪問した際にお願いできませんかと頼んでおいたのです。
4月下旬に開いた臨時総会には、ほとんどの世帯の人が参加してくれていました。前の組合役員の方々も、現在の管理会社の担当者も顔を見せていました。そこで、Aさんは、ご自身がコンサルタント会社であるかのように、設計会社を入れた話、自分達で施工者を選定した話、積立金不足を指摘され長期修繕計画の見直しと積立金の改定を行った話などをしてくださいました。
案の定、前役員の方々もおとなしく、素直に耳を傾け、居住者の方々のその後の意見交換も活発でした。袖にしたハズの管理会社も参加、しかも以前の事情に詳しいということで現担当者の付き添いとして、以前の担当者も姿を見せていたのです。管理会社にも、以前のマンションの現状分析や提案内容に関する質問も出て、前担当者はみんなの前で説明の機会が与えられました。彼は、積立金の不足は否めないものの、今回は普通の修繕内容ならギリギリ大丈夫ではないかとの見通しも示しました、
これを受け、意見のやり取りの中で具体化が進み、設計会社を入れて客観的視点での調査、診断に基づく判断をもらい、施工会社は金額が不足しないような会社を、自分達で選定しようということになりました。また、Aさんのマンション同様に、本当に積立金が不足しているならば知っておく必要があるとの意見でまとまり、設計会社を入れて診断を依頼し、今回の大規模修繕の設計と、同時に長期修繕計画の見直しも依頼することにしました。
設計会社は、Aさんのマンションを行った設計事務所と、管理会社からも紹介してもらった中から選考することも決まりました。また、先々の施工会社の選考も、設計会社だけでなく、管理会社のアドバイスも聞きながら、最終的には総会において多数決で選考しようということになりました。
総会後には、前役員たちからは、現役員だけでは大変だから、修繕委員会を作って協力しようかとの提案ももらいました。
大規模修繕の本番はこれから。今、その端緒に着いたばかりです。しかし、色々とあった揉め事も「雨降って地固まる」のことわざ通り、Aさんのお話しのようにしっかりと基礎が定まり、前役員も管理会社も含め、居住者全員の距離が近くなったように感じます。私も、マンション内ですれ違えば立ち留まってあいさつを交わせる知り合いも何人もできました。
無理やりに押し付けられた理事長、なんて最悪の事態かと運命を呪った初期から、今は多くの知り合いのためにも、一肌脱いでやるかと前向きになり、しかも皆で手を取り合いながら計画を進めていけることに、微かな幸福感さえ覚えるようになりました。
住まう人、管理組合役員、管理会社、設計会社、施工会社など、大規模修繕に絡む人々には、それぞれの思いや立場があります。相手の立場に立った誠意ある対応と人間関係の構築、客観性、公正性などが担保された計画の進め方。まだ始まってもない段階ですが、今、管理組合理事長として体験談とノウハウというテーマで執筆を求められたので参考にしてください。